祝いの席には欠かせない、鯛の骨返し。
古代縄文遺跡からの鯛類の出土は多くマダイ141、クロダイ71、ヘダイ6、キダイ5、チダイ1「奈良朝食生活の研究より」と縄文時代から鯛に対する日本人の指向性は強かったことが伺える。
すでに奈良時代には現代と同じ「鯛」の文字も使い紀伊國(現和歌山県)の国名の記された木簡に
『進上御贄礒鯛八升』の文字が伺える。
他にも『多比』『太比』などの文字も使われている
万葉集の中でも『ひしほすに ひるつきかてて たひねがふ われにな みせそ なぎのあつもの』酢味噌にのびる、又はにんにくなどをかき混ぜてたれを作りこれに鯛の鱠(今でいう刺身)をつけて食べたいのにナギ(ミズアオイ)の熱汁の様なむさくるしいものを見せてくれるな
などと歌われ、他にも多数歌われている。
そしてその美しい色合いからも運気を上げる魚という評価もあり『大伴鯛麻呂』などの人名にも使われるほどの人気ぶりでした。そしてそれからずっと日本人のメデタイことには欠かせない魚となっています。
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